2021-01-13

ABSに関連した論文撤回(retraction)2報 の続き

ABSに関連した論文撤回(retraction)2報  の続きです。

 

 前回紹介した論文のうち韓国人著者らのクワガタ再分類について、なぜ著者らが撤回にいたったか改めて考えてみました。(水生昆虫の新種記載については契約違反(許可証で許可されていなかった行為(論文出版))ですので、撤回は理解しやすいです。) サバ州が、州法を域外適用させたことも驚きですが、韓国がその域外適用を受け入れて論文を撤回したのであれば、なおさら驚きです。

 クワガタ論文の撤回は、著者らが仮にEU人であった場合には想像しやすいです。EUの名古屋議定書利用国措置であるEU規則511/2014では利用者に「相当な注意義務 due diligence」があり、利用した遺伝資源の由来についてチェックポイントが設けられています。違反した場合の罰則規定は加盟各国の国内法によるため一概には言えませんが、例えばドイツなどでは是正措置として「没収」(§2-(2))が設けられていますので、その一環として論文の撤回などもあるかもしれません。

 一方で、著者らが仮に日本人であったとすれば、宙に浮いたような状態になると思われます。このケースはABS指針には該当しない(著者らが違法行為をしたわけではない)ので、ABS指針第2章第4項―1による所轄大臣からの指導を著者らが受けることはないでしょう。もちろんマレーシア(サバ州)警察が日本国内で著者らを逮捕するはずはなく、実際に逮捕されるとすれば、著者らがサバ州に行った場合だけでしょう。論文を撤回するかどうかは、倫理的・雑誌のポリシーとの兼ね合いになると思います。


 では、韓国人の場合はどうでしょうか。韓国のABS利用国措置が日本、EUのどちらに近いのか韓国の国内法 を読んでみました。第 14 条(海外遺伝資源等に対するアクセス及び利用のための手続きの遵守)では「 海外遺伝資源等にアクセスして国内で利用しようとする者は、提供国が定め た手続きを遵守しなければならない。」とあり、第 15 条(手続き遵守の届出)には「海外遺伝資源等にアクセスして国内で利用しよ うとする者は、第 14 条第1項による手続きを遵守したことを大統領令で定めるところにより国のモニタリング機関の長に届け出なければならない。」と書かれています。さらに第28条には第15条違反の場合の罰則規定も設けられています。韓国の利用国措置はEUに近いようです。
 

 この論文の撤回理由を読み直してみれば "The authors are sorry that the article did not follow the Sabah Biodiversity Enactment 2000, which the authors did not know during submission." とのことですので、Enactment違反だから撤回としたと書いてあるわけでないですね。Enactment違反が直接の撤回原因ではなく、韓国の利用国措置違反だったから撤回した、ということなのかもしれません。

  いずれにせよ私の推測の域を出ません。実際の撤回理由が、Sabah Enactmentの適用なのか、韓国法令に基づいた撤回なのか、倫理対応なのか知りたいところです。