2021-01-04

ABSに関連した論文撤回(retraction)2報

<<著者にインタビューできたのでどちらのケースも修正しました。>>

ABSに関連した理由で撤回された昆虫分類学の論文2報を紹介します。 アマチュアの昆虫学者と交流のある同僚に教えてもらいました。

 1.    甲虫の新種記載
RETRACTED ARTICLE: Additional new species of Grouvellinus Champion 1923 (Insecta, Coleoptera, Elmidae) discovered by citizen scientists and DNA barcoded in the field applying a novel MinION-based workflow (Journal of Natural History, 2020. vol.54, p.1697)
https://doi.org/10.1080/00222933.2019.1709669

 アマチュアによる新種記載の論文のようですが、もとの論文が読めないので詳細はわかりません。

 ウェブサイトの撤回理由を読むと、Sabah Biodiversity Center (SaBC)の採集許可はとっていたが、その許可証ではデータの公開が認められていなかったとのことです。著者の一人に尋ねたところ、得ていた許可が実習(教育)許可であることを、出版後に知らされたとのことでした。

 

2.    クワガタの分類見直し
Taxonomic   study   on   the   montanellus  species-group   of   genus Cyclommatus (Coleoptera:  Lucanidae)  from  Borneo  Island, Malaysia and Indonesia (Journal of Asia-Pacific Biodiversity,  2020. vol.13, p.372)
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S2287884X20300789#!

 著者らは韓国人で、昆虫標本を元にボルネオ産クワガタ類の分類を再検討しています。この論文について、下記のように注記されretractされています。
This article has been retracted at the request of the Editor-in-Chief and Authors.
The authors are sorry that the article did not follow the Sabah Biodiversity Enactment 2000, which the authors did not know during submission.


Sabah Biodiversity EnactmentはいわゆるABS法令なのですが、この論文がなぜretractされなければならなかったかは、論文と上記の説明ではよくわかりませんでした。
 マテメソによれば、この研究のために採集に行ったわけではありません。この研究ではNational Science Museum, Korea (NSMK),  University of Nebraska- Lincoln (UNL), Choong-woo Insectarium (CW)の3箇所にある標本を調べています。Specimen examinedを順に見ていっても、すべての標本はこれら3箇所のうちのいずれかのものでした。

 そこで、著者にコンタクトしたところ、一人が質問に応じてくれました。快くいくつもの質問にメールで答えていただき、ブログでの共有も快諾していただき、感謝しています。

 まず、研究で用いた標本はマレーシア人が(Sabah Biodiviersity Enactment 2000に違反して)採取し博物館に送付したものでした。これらの標本を用いて研究したことについて、SaBCから同Enactment違反の指摘を受けたとのことです。違法採取と輸出について著者らが訴えられたわけではなく、違法に採取されたサバ州産の標本を海外(韓国)で利用したことに対する違反の訴えです。SaBCの訴えに対し、罰金+禁固刑を免れる選択肢として著者らはretractionを選択したとのことです。質問に応じてくれた著者はこのenactmentの適用に納得しており、違法に採取された標本を利用したことを反省している様子でした。

 他国で起きたことに対してSaBCがここまで強硬な姿勢をとったのは私としては大変な驚きでした。 ただ、雑誌のwithdrawal policyとも一致しているということで、撤回に至ったようです。

 なお、この論文では日本人著者の論文も複数引用されており、時期が異なれば日本人がこのような状況になったことも考えられます。

 サバ州で2000年以降に採取された遺伝資源を利用して新たに論文を書く際には、十分な検討が必要ですね。お気をつけください。

 

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