2021-02-03

過去に移転した遺伝資源を相互承認する(MTA)

 先月の2つの投稿は非常に多くの方(普段の100倍)に読んでいただきました。Twitter, Facebook, MLで拡散してくださった方ありがとうございました。超ニッチなブログであることは自覚しており、読者が少ないのは仕方なしと思っているのですが、たくさんの方に読んでいただけるのも嬉しいことです。

  今回は契約書とくにMTAに関する話題提供です。(狭小ニッチに逆戻り)

  同意・契約なしでの遺伝資源の移転は急激に減少している様に思いますが、数年前ならまだ普通に行われていたのではないでしょうか。私の身の回りでもこのような遺伝資源(生物試料)は散見されます。これらについて、私は、事後的にでもMTAを作成することをおすすめしています。

 理由は単純で、事後的でもMTAのあったほうが今後の使い勝手(と安心感)が格段に良くなるからです。MTAなしで移転してしまうと、提供者との間に合意があったことを第三者に理解してもらうのは困難です。MTAという文書を提示することによって、合意により試料を移転したことが明瞭になります。MTAを持っていることは当初の目的のための利用だけでなく、再利用したり第三者移転する際にも非常に重要です。

  過去に移転した遺伝資源を事後承認するための案文は下記の通りです。

Article X: Recognition of the previously transferred materials
Both Parties recognize that the Parties have already transferred  materials from Party-A to Party-B as listed in Appendix 1 of this Agreement. Both Parties agree that those materials will be the subjects of CollaborativeResearch as the conditions set forth in Article Y.

第X条: 過去に移転した試料の認識
両当事者は、本同意書の附属書 1に列挙されている試料が、当事者によって既に当事者Aから当事者Bへ移転されていることを認識している。両当事者は、これらの試料が第Y条記載の条件で本共同研究に供試されることに同意する。


 第一文が主文です。第二文はおまけですね。このケースでは昔移転した試料を新たな研究でも使いたかったのでこのようになっています。

 勘違いされやすいですが、これは【契約書の日付を遡らせて契約する】とは違います。あくまでも 昔 移転したことをお互いに覚えておきましょうということです。

 これで取り扱った移転済みの遺伝資源が違法に移転されたものあったというわけでもありません。ただ、上にも書いたようにMTAが無いと、誰が・いつ・どこで・どんな約束で取ってきたのか客観的な記録が不明なままになってしまいます。

 逆に、非合法(ABS提供国措置違反)で移転してしまった遺伝資源の場合にこれを行うと、非合法で移転したことをわざわざ記録に残すようなものですのでおすすめできません。合法だけどMTAなしで移転したものに使える方法ですね。

 この方法は、研究者が勝手に遺伝資源をもらってきて、どうしよう(;゚Д゚)という場合にも利用できます。昔の発想では「もらってきた日の日付で契約したことにしよう」または 「契約書の日付と同日にもらってきたことにしよう」となってしまいますが、「こういう記載でもいいんだ」と発想が転換できれば、無意味な嘘をつかなくて済むだけでも気が楽です。 

 遺伝資源の出所を明らかにすることは今後ますます求められることになると思います。 記録不明となってしまう遺伝資源が少なくなるように様々な工夫をすることが望ましいと思います。

 なお、AppendixはUnique identifier(固有番号)入りのリストとなります。以前も書いたとおり、私はMTAにはリストが必須だと思います。リストがないMTAでは何を移転したのか当事者同士でも齟齬が出る可能性がありますし、第三者が当該遺伝資源のMTAの適用有無を判断することも困難です。