2020-11-29

DNA配列情報の利用に対する利益配分 4  利益配分すれば途上国の生物多様性保全につながるか?

 DNA配列情報の利用に対する利益配分 3 ー整理・全体像ー の続きです。

 今回は、下図のIIIの2点についてです。

 DSIに対して平等に利益配分を行った場合に、利益配分は、主張の強い途上国に向かうのでしょうか? この点について、CBDが報告書を作成しています。

Rohden et al. 2019. Combined study on DSI in public and private databases and DSI traceability.

 この報告書はドラフトなのでNot for citationですが、peer reviewから一年経っても正式版にはなっていないようです。

2020年1月に改訂版が出ていることを教えていただきます。

https://www.cbd.int/meetings/DSI-AHTEG-2020-01
https://www.cbd.int/doc/c/1f8f/d793/57cb114ca40cb6468f479584/dsi-ahteg-2020-01-04-en.pdf

  この報告書は70ページありますが、abstractだけでもおもしろいです。興味のある方はおすすめです。

 以下は報告書の紹介というよりも私の解釈といったほうがいいかもしれません。

 まず、DSIの利益配分を行ったとして、途上国由来のDSIが多い、または利用者に先進国が多いのどちらかでなければ、利益配分は(それを希望する)途上国には流れません。
 そこで、「DSIの由来となった遺伝資源はどこの国からが多いか?」について、みてみます。

 報告書Fig.8aでは、DSIの由来となった遺伝資源の原産国(人を除く)が図示されています。図の中の重要なテーブルを抜き出します。
キャプションコピペはこちら

Figure 8a. What is the country of origin for non-human NSD? This world map shows the amount of non-human GenBank entries with a country tag per country in a logarithmic scale. The chart on the left shows the ten biggest providers of non-human GenBank entries and their percentage of the total sum of entries with a country tag. 
 日本を含む上位4カ国で登録配列の50%以上を占めています。5番以降はインド・メキシコ・ブラジルなどが入ってきますが、比率は多くありません。DSIに対する利益配分の方法は全く未定ですが、仮に登録配列が均等に利用されどの配列にも同じ利用料を払うようなシンプルなモデルになった場合には、利益の多くは一部の国に集中することを示していると思います。
 
 次に、これとは別の視点として、「利用者が利用料を払うとすれば先進国からになるのか?」 という疑問を検討してみます。単純に利用者が先進国に多いかどうかですね。
 INSDCの利用者自体は米(23%), 中(15%)が多いものの、人口を考慮すれば、かなりフラット(Fig.5c。ここでは非掲載)になるそうです。仮に利用者全員が同じ利用料を払うと仮定すれば、すると、人口比に応じた配分になるのでしょう。
 これらのことは、もっともシンプルな方法(利用者の均等割・登録配列が均等に利用されるモデル)では、利益配分は途上国に行きそうに無いことを示していると思います。
 
 では、DSIへの利益配分が行われたとして、それが生物多様性の保全につながるでしょうか? 私は否定的です。DSIの利用の多くはBlast(相同性検索;類似配列の洗い出し)であり、Blast検索対象としてのDSIの利用に利益配分するとは思えません。Blastはすべての登録配列を対象に行うのが普通ですし、類似上位配列(100位までなど)を見ることが”利用”とは考えにくいです。
 DSIの学術利用に対する利益配分は想像しにくいです(主張強いアフリカ連合も求めていないようです)。
 金銭的利益配分についても、ルールが決まれば多少はあるかもしれませんが、一つ(または少数)の塩基配列から多額の利益が生じる商品がどれほど開発されるかは疑問です。生物多様性の保全には継続的な資金が必要です。宝くじのような利益配分を頼りにしても保全はできないと思います。
 
 これらの理由で、ABS(アクセスに対する利益配分)ではDSIを利益配分の対象とするのはあまり意味がない気がします。何処かで研究されることを願います。