2023-06-29

WHO CA+による病原菌のアクセスと利益配分

WHOの「pandemic prevention, preparedness and response」に関する新協定(WHO CA+)のゼロドラフトが2月に発表され、その後の政府間会合(INB)で交渉が続けられています。名古屋議定書やDSIへの言及、Access and benefit-sharingを含むものとなっています。


 

 WHO CA+はコロナ対応における国際協調の欠如を反省をもとに、今後のパンデミック対応のための国際条約です。

 日本語による解説としては「アフリカ日本協議会」で概要がまとめられており、「医薬系特許的批判ブログ」では知財的な視点で解説されています。また、ゼロドラフト発表後の2回の政府間会合(INB4, 5)を受けて作成された「事務局ドラフトテキスト」のABS部分を「弘前大学研究・イノベーション推進機構」が紹介しています。その後「事務局ドラフトテキスト」は、「事務局テキスト(A/INB/5/6)」となり、6月のINB5再開セッションで議論されたようです。WHO CA+の採択は2024年5月に目指しているとのことで、CBD(生物多様性条約)と比べるとハイピッチで政府間会合が行われているようです。

  「弘前大学研究・イノベーション推進機構」と一部重複しますが、以下では、WHO CA+のABSを見ていきたいと思います。

  この新協定のABSは、ゼロドラフト時点では、非常に過激なものでした(第10条)。「WHO Pathogen Access and Benefit-Sharing System (PABS system)」を制定し、病原菌の提供とゲノム配列の公的データベースへのアップロードを義務化し、利用の際には、新たに作るStandard Material Transfer Agreement (sMTA)を用いることなどが盛り込まれていました。さらに、知財の取得禁止、開発したパンデミック関連製品(ワクチンなど)の20%をWHOを通じて配分するなどとされていました。

  現在の「事務局テキスト(A/INB/5/6)」では、ABS項目(12条)では2つのオプションが提示されています。Option Aは非常に簡素となり、病原菌の共有が重要であることの確認をし、COP(締約国会合)で多数国間利益配分の仕組みを検討するとしています。ゼロドラフトのPABSシステム、sMTAの記載はありません。

 Option Bはゼロドラフトの流れを引き継ぐものであり、PABSシステム、sMTA, 病原菌と配列データの提供義務、知財の取得禁止が残っています。パンデミック関連製品の20%配分はOption Bのなかでも更にオプションとなり、政府資金による購入の検討と寄付による製品の配分などとともに案の一つとなっています。

 名古屋議定書との関係については、どちらのオプションでも、名古屋議定書に反しない、としている一方で、Option Bでは、将来的にPABSシステムを名古屋議定書の代わり(議定書第4条の「専門的な国際文書」に該当)にするとしており、その場合、WHO CA+の対象となる"病原菌"については名古屋議定書の対象ではなくなります。ただし、その中身は「pathogens with pandemic potential」であり、「pandemic」は定義(第1条)で、ヒトに感染し、高い致死率があることなどとされているので、感染性の微生物のかなりが名古屋議定書から離れるというわけではなさそうです。対象種のリスト化や判定・宣言などがあるのかは、わかりません。

  いわゆるDSI(デジタルDNA配列情報)についてはWHO CA+での利益配分の対象となることは確実のようです。 Option Aでは「biological materials with epidemic and pandemic potential, as well as [genetic sequence data and relevant information]/[digital sequence information] (WHO CA+ biological material)」と書かれているので、WHO CA+ biological materialという定義にGSDまたはDSIが入ってくるのでしょう。(ただし、具体的な利益配分は今後のCOPで決める。) Option Bでは「ゲノム配列(genomic sequences)」もPABSシステムに入り、sMTAに基づいてその配列を利用した場合には利益配分の対象となる、というロジックのようです。(ただし、Option Bの場合には、全体のインパクトが大きくてDSIの利益配分などはかすみます。)

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 また、ITPGRFA, BBNJ, CBDのDSIなど多数国間利益配分のABS多くなると、名古屋議定書での二国間利益配分が異質に思えてきます。もちろん背景となる考え方が違う「生物資源の管理は各国の主権的権利」からですが、名古屋議定書第10条(地球規模の多数国間利益配分の仕組み)は見直されても良いような気がします。各国の有体物の遺伝資源すべてが国家の管理から離れて多数国間利益配分になることは将来的にも考えにくいですが、昨年12月のCBD COP15では、業界団体の一つからは「遺伝資源にも多数国間利益配分を求める」旨の発言もありました。