DNA配列情報に対して遺伝資源と同じように利益配分を求める声が、途上国から高まっています。
これはDSIと呼ばれているものです。DSI自体はDigital Sequence Informationの略ですが、すでに「核酸(DNA, RNA)の配列情報の利用に対する利益配分に関する問題(課題) 」という"暫定的な"意味で使われています。
DSIが話し合われている国際条約は ITPGRFA(食料農業生物遺伝資源条約), UNCLOS(海洋法条約), CBD(生物多様性条約)、そしてTRIPS (知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)です。
ITPGRFAでは、作物の遺伝資源の(有体物としての)利益配分自体がMLS (Multi Lateral System)で行われていました。この中にDSIを含めるか昨年の締約国会合で話し合った結果、合意には至らず、国際会議での議論自体も2年間保留とされています(JBAの委託事業報告にわかりやすい記事があります)。
UNCLOSは海の憲法と呼ばれていますが、200海里を含む領海の遺伝資源については CBDの範疇ですので、いずれの国の主権も及ばない公海の遺伝資源についてUNCLOSの対象です。PCRで使われる耐熱性DNAポリメラーゼは深海の熱水噴出孔の微生物から発見されたものですし、深海のような極限環境にはこれまで知られていない有用性を持った生物が多数いるのではないかと見込まれています。UNCLOSでは遺伝資源のことをMGR (Marine Genetic Resources)と呼んでいますが、このMGR自体の利益配分についても合意は形成されていません。もちろんDSIについても決まっていません。
余談ですが、これら公海の遺伝資源について、これまでは見つけた人が使えばよいという考えが"常識"でした。MGRの利益配分を行うには、この考え方を辞めて、"公海の遺伝資源は人類共通の資源"と考え直す必要があります。「深海探索を行えないような途上国もMGRの利益配分を受ける権利がある」という主張に耳を傾けざるを得ない状況なのでしょうが、どのような正当性があるのかは難しい気がします。
CBDはITPGRFA, UNCLOSに比べて、対象範囲が広いことが特徴です。主権のある場所(領土・領海)なので南極や公海以外は対象、生物としてはITPGRFAやその他の国際条約(PIP(パンでミミックインフルエンザ)枠組など)が対象としないもの、かつヒトではない生物が対象となります。
ただし、名古屋議定書では生物の内 materialのみが利益配分の対象となっているため、無体物である情報は対象と考えられていません(というか条文からは読めない・読みにくい)。途上国は「企業が(遺伝資源を使わずとも)塩基配列情報から製品開発を行い儲けているのではないか?」という疑念を持っており、DSIの利用についても利益配分を行なうように主張をしています。
TRIPSではDSIの知財としての側面を検討しているのだと思いますが、私は詳しくわかりません。
CBDにおけるDSIは非常に幅広い問題を含みます。
(続く)