2020-05-13

おもしろ契約書 1

 研究契約に関する雑感です。

 他人の書いたMTA, MoUなどの学術関連の契約書によく目を通しますが、その出来栄えは千差万別です。雛形で対応しようとするのは無理がある場合が多いと思います。どこかで歪みが出て、契約違反となってしまっている例が多いように感じます。もっとも、かなり頑張っても完璧な契約書を作成することが困難であることも知っていますので、ある程度の矛盾は仕方がないことでもあります。
 ある程度の矛盾は仕方ないと思いつつ、英語がいい加減な契約書は がっかり度が高いです。研究者は英語に堪能です。また、論文を書く場合には数千単語の文章を何度もチェックするのが普通です。このような人たちの英文契約書が決定的に間違っているのは怠慢でしょう。

 残念な契約の一例を紹介します。

 よくある学術契約書の一つは、大学間の協定であるMoUです。MoUとはMemorandum of Understandingの略で、MoA (A: Agreement), CRA (Collaborative Research Agreement)などと呼ぶ場合もあります。多くのケースでは二機関での契約書となりますが、場合によっては3機関以上での協定となる場合もあります。大型の研究費で行う場合には多機関協定となりやすいでしょう。
 近年の大型予算の代表格でもあるSATREPSでは二機関で利用することを前提としたCRAの雛形を公開しています。
https://www.jst.go.jp/global/keiyaku/201710CRAguidelineEN.pdf

 この雛形には以下のような文章が掲載されています。

4.5 Transfer of genetic resources shall be conducted under Material Transfer Agreement (MTA) which shall be separately signed upon. Each Party hereto shall not transfer the genetic resources to a third party without the prior written consent of the other Party, and this consent shall not unreasonably be withheld.

4.5 遺伝資源の移転については別途、素材移転契約(MTA)を締結して行う。「両当事者」は、他方の 「当事者」の書面による事前同意なくして、遺伝資源を第三者へ移転してはならない。ただし、この同意は不当に留保してはならない。

 生物系のMoUならよく目にする項目ですね。ただ、この例は明らかに2者間協定を想定した書き方なのに、3者以上の契約書で利用している例を見たことがあります。

 "the other Party"(下線部)は、二機関での契約書である場合にはだれのことを指すか理解ができますが、3者以上の当事者(party)がいる契約書では誰を指すのかは全く不明です。
 この契約書に基づいて、遺伝資源(文中のgenetic resources)を移転しようと思うと、この条項の解釈でつまづくことになります。

 日本側、相手国側それぞれ複数機関が参加したCRAでしたが、なぜこのようなことになったのか、不思議です。契約書は大学でも独法でも起案決裁を得なければ署名できないので、(少なくとも日本側の)研究機関の数 x 確認者数のチェックを得て学長・理事長が署名しているはずです。10人は下らない人がチェックしたと思いますが、この場合は、誰も真面目に契約書を読まなかったのでしょう。
 些細なミスと思われるかもしれませんが、この条を利用する側には大迷惑です。この場合は「遺伝資源を移転したいけど、他の一機関のconcentでいいのかな? それとも全部かな?」と悩むことになります。