5回目の投稿です。
今回は、名古屋議定書の第10条である多国間利益配分についてです。現状では実務上あまり関係がないので、初心者向きの内容ではありません。
名古屋議定書は、基本的に2者間 (bi;バイ)で利益配分を行うために作られています。これは、ITPGR(食糧・農業遺伝資源条約)で設定した多国間利益配分がうまくいかなったことが主な理由のようです。
遺伝資源の提供者ー利用者の2者間での話し合いで利益配分を行えることは、配分契約を簡単にするというのが大きな利点です(大勢で話し合いをするよりも二人の方が話がまとまりやすい)。しかし、ABSの場合、利益配分の元となるのは遺伝資源(生物)ですから、その資源が複数の国に存在することが普通に考えられます。そのような事態を想定して議定書成立直前に急遽挿入された条項が第10条の多国間利益配分です。
第10条 地球規模の多国間利益配分の仕組み =>英語の頭文字をとってGMBSMともいう。
締約国は、遺伝資源及び遺伝資源に関連する伝統的知識が国境を越えて存在する場合、又は事前の情報に基づく同意の付与若しくは取得が不可能である場合に、その利用から生じる利益の公正かつ衡平な配分に対処するため、地球規模の多国間利益配分の仕組みの必要性及び態様について検討する。この仕組みを通じて遺伝資源及び遺伝資源に関連する伝統的知識の利用者が配分する利益は、生物多様性の保全及びその構成要素の持続可能な利用を地球規模で支援するために用いる。
背景などについては、JBA(日本バイオインダストリー協会)が公開している資料が参考になります。
https://www.jba.or.jp/160722_resource_inoue_Art10.pdf
この名古屋議定書第10条について2ヶ月ほど前に、CBD事務局から報告書(の草稿)が出され、公開査読の対象となっていました。原稿は 2019-2020 inter-sessional period の下部https://www.cbd.int/abs/Art-10/study-art10-peer-review-revd.pdf からまだ読めます。各国からのコメントも公開されています。
報告書の目的(第10条に関する今後の議論の下地とする)からして当然ですが、第10条が想定する状況を正攻法で整理しています。
この報告書では、2者間の利益配分ではうまくいかないケースとして、以下の三点を挙げています。(第10条で書かれていることと同じですが。) 伝統的知識については、話を複雑にするのでここでは無視します。
- genetic resources and associated traditional knowledge occurring in transboundary situations(国境をまたいで存在する遺伝資源)
- genetic resources for which it is not possible to grant or obtain prior informed consent(いわゆるPICを付与できない遺伝資源, 生息域外コレクション(博物館など)の収蔵物)
- traditional knowledge associated with genetic resources for which it is not possible to grant or obtain prior informed consent
そして、1)のケースはさらに4つに分けられるとしています。
- (a) shared ecosystems/genetic resources distributed across national boundaries;(国境をまたいで存在する遺伝資源)
- (b) traditional knowledge held by indigenous peoples and local communities whose membership spans national boundaries;
- (c) migratory species which transit through different jurisdictions(渡り鳥や回遊性の魚)
- (d) areas beyond national jurisdiction(公海や南極)
この中で(d)公海についてはUNLOS(国連海洋法条約)で議論されており、そもそも名古屋議定書の範疇ではありません。
私が最も気になったのは(a)ですね。国境をまたいで同種が存在するのはごく普通ですので、そのような場合には、その種が天然に存在する全ての国に対して利益配分が必要ではないかという考えです。複数国に同じ遺伝資源が存在する場合でも、実際に資源を提供した国だけが利用者から利益配分を受けるのであれば、利用者は遺伝資源を安売りする国に対してアクセスする事になるのではないかという懸念でもあります。
このような発想は当然理解できますが、利益配分の対象となる遺伝資源の性質を考慮する必要があるはずです。著者らは種speciesを生物の基本単位と考えている節があり、個体間差、個体群間の形質の差異について考察がありません。利益配分の対象となる有用形質が、その種のほとんどの個体に共通する性質であれば、著者らの議論は合理的と考えられます。有用形質がその種を特徴づけるような性質であるならば分かりやすいですが、学術上の動機がなければが有用性がどれほどの個体で見られるかをわざわざ調べるのは困難でしょう。この点で、報告書の(a)の部分は片手落ちのように感じました。
バイとマルチの利益配分については、私なりに整理すると下図のようになります。aは通常名古屋議定書(バイ)で、bは直接の提供国以外にもその種が存在する国に利益配分を行うこと。b'はそのバリエーション。c1はもはや原産国性とは無関係に”基金”にお金を入れて必要な国に渡す。c2はさらに利用者側も実際の利益と無関係に前払いで済ませる考え方です。
このようなマルチの考え方を進めていくと、利益配分てin situ (野生)から採取されたものだけでなくてもできそうだね〜という発想になってくると思います。実際に、上記の報告書でもDNA情報(いわゆるDSI)に対する利益配分についても触れられています。DSIと第10条GMBSMは名古屋議定書でもっともホットな話題です。
ブログを書くのは思っていたほど楽ではありませんね。まとまりませんがこの辺で終わります。